嘉来流・迷路講座


複数解(?)の積極利用
 
 
ようこそ、嘉来的世界へ。
どうぞごゆっくりと、迷路の世界をお楽しみください。
このコラムでは、複数解(?)の積極利用について、私の考えを述べてみます。
さて、皆さんは「複数解」と聞いてどのような印象を抱くでしょうか?「複数解」とはもちろん、ゴールに至るまでの道が複数存在することを言います。

そんな迷路に対しては解いてみるまでもなく、あるいは見るまでもなく、「駄作だ。」「作成者の注意が足りない。」「簡単になる。」といった印象を抱くことかと思います。

その印象は、果たして真実でしょうか?確かに、例えば本や雑誌に載っているパズル(特に数字を埋めてゆくパズル)に複数解が存在すると残念な思いをします。一般のパズル(迷路でなく、)における複数解の存在はまさに「駄作だ。」「作成者の注意が足りない。」「簡単になる。」というものです。パズルに「複数」が許されるとするなら、それは作成者側のミスによる複数「解」ではなく、解答者側が考案する「解答法」の種類であるべきでしょう。

この点において、迷路は一味違います。ある種の複数解は存在してもよいのです。加えて言うなら、「複数解」を、解答者を惑わす材料に転化できるのが迷路の特徴です。 というのは、一般にパズルでは、文字を書き込んだパズル面全体が解答になるのに対し、迷路では部分が解答になるため、正答以外の部分を利用して解答者を大いに惑わすことができるからです。以下にその具体例を述べてみます。

[例 1]の図をご覧ください。この模式図は、スタート直後とゴール直前で二つの道が繋がっているループ構造をとっています。これが「複数解」の存在する迷路の典型的な形です。このようなゴール直前で二つの道が合流する迷路は、何の変哲もない、まさに「駄作だ。」「作成者の注意が足りない。」「簡単になる。」という作品です。しかし、この例を引き合いにしただけでは複数解の大事な存在意義を見落としてしまいます。



[例 2]では[例 1]の模式図に、ループ構造のない第二層を積みました。こうするだけで、「複数解」を、解答者を惑わす材料に転化することができます。

まず、の道を進んだ場合、[例 1]ではゴール直前の合流点に来たときに、その地点がゴールに近いために、迷わずゴールすることができたでしょう。しかし[例 2]では、同じくの道を進んでもの道との合流点がゴールから遠いため、の道を逆戻りしてきて「おやっ?スタート付近に戻ったぞ?」という事態が発生する可能性が高いのです。複数解(ループ構造)が上手く活用されています。

次に、の道を逆戻りする罠にかからずに、の道を通って第一層を抜け、第二層で袋小路( * )にハマッたとしましょう。このとき解答者は何を思うでしょうか。袋小路の直前の分岐点で間違ったと思ってすぐ引き返すでしょうか?それともこれまでの道を全部否定してスタートからやり直すでしょうか?(ところで本コラムでは便宜的に迷路図を層に分割して区別していますが、解答者には層の構造は見えません。つまり、自分がハマッた袋小路が、[例 2]でいうどちらの層に属するものなのか検討がつきにくいのです。)袋小路をすぐに引き返した場合は、その後何も事件が起こらず、平凡にゴールすることになるでしょう。問題は、それまでの道を全部否定してスタートからやり直した場合です。今度はを進んでを逆戻りしてくる可能性が大です。あるいはの道を通って第一層を抜けたとします。そして、「さっきもこの道を通った気がするなぁ…」と不思議に感じながら第二層を進み、再び袋小路( * )にハマッってしまったらもう大変です。解答者の頭は混乱し始めるでしょう。「前半のどの道を進んでもハマる?どういうこと?」と。第二、第三のループ構造の存在をも疑い始めるかも知れません。そうなるとますます作成者の思うツボです。

[例 1]と比較するとよく分かりますが、[例 2]のように、道の合流後にもう一つの関門(第二層)を設けることで、解答者を惑わすために「複数解」を有効に利用することができるのです。そしてその関門(第二層)の分岐点をいかに引っ掛かりやすく設定するかということが、迷路作成者の腕の見せ所です。

ここまでの説明で、「複数解」は本来の意味の「複数解」ではないことに納得したことでしょう。言うなれば、「部分的複数解」でしょうか。迷路における「複数解」は、解答者を惑わす材料に転化することができるという重大な存在意義があるのです。

ところで、嘉来流・迷路講座 の懸命な読者はここで、単純迷路の作成法とその注意点 の『 浮島の功罪 』の項において私が述べたことを想起するかもしれません。そこでは浮島特有の現象として、同じ場所をぐるぐるまわることを挙げました。規模の大きな迷路では、この現象を利用して、解く人を迷わせることができるということです。お気づきのとおり、「浮島」は、本コラムの「ループ構造」と構造的に同義です。本コラムでは「複数解」という新しい言葉を用いましたが、要は浮島地帯の後に特徴的な袋小路を設置することで浮島の効用がよりよく発揮される、ということをいいたいのです。迷路図全体を見渡したときに生じる浮島の効果的な使用法がお分かりいただけると幸いです。



[例 3]は意地悪にも(笑)、複数解のトリックをもっと積極的に利用しています。第一層は、二つの浮島によるループ構造によって三通りもの正解が存在しますが、別段不都合はありません。なぜなら序盤におけるループ構造は、正解が増える欠点より解答者を惑わす効果のほうが上回るからです。第二層にもループ構造がありますが、ここでは[例 2]と同様な作りにするのではなく、是非、特徴的な(ハマりやすい)袋小路( * )を増やしておきましょう。こうすると前層のループ構造(浮島、または部分的複数解 ←言葉の概念はもうお分かりですね)の効果が抜群に発揮されます。第三層でも同様に、第二層のループ構造を活かすために特徴的な袋小路( * )を作っておきます。袋小路( *,* )が何度でもハマってしまうような特徴的なものであるほど、部分的複数解を配置した効果が高まります。

複数解を積極的に利用した迷路の一つに「 洞窟迷路 」があります。是非体験してください。この迷路は第一層と第二層のつなぎ目の場所が分かりやすくなっていますので、本コラムの内容を実践で理解するのに便利です。

最後に、蛇足的ですが「ループ構造(部分的複数解)を作るのはできるだけ序盤のうちに」「後半にいくほど解数を少なく」というのを私の経験上の決まりとしています[例 3]は実はそれに従った模式図となっています。もし第一層と第二層を逆(解数が 2 → 3 → 1 )にしたら、バランスの悪い迷路になってしまうことでしょう。

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